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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6571号 判決 1988年6月30日

原告(反訴被告) 牧保

右訴訟代理人弁護士 清水直

同 村松謙一

同 松井勝

同 佐渡誠一

被告(反訴原告) 富士越産業株式会社

右代表者代表取締役 越智實

被告(反訴原告) 宮田虎生

右両名訴訟代理人弁護士 三森淳

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求を棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)らそれぞれに対し、金一四〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、本訴・反訴を通じて、原告(反訴被告)の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

(略称)以下においては、原告(反訴被告)牧保を「原告」と、被告(反訴原告)富士越産業株式会社を「被告会社」と、被告(反訴原告)宮田虎生を「被告宮田」と、それぞれ略称する。

第一当事者の求めた裁判

(本訴)

一  請求の趣旨

1 被告らは原告に対し、連帯して金一〇八〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

一  請求の趣旨

1 原告は被告らそれぞれに対し、金一四〇万円及びこれに対する昭和六一年四月一日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 反訴費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

第二当事者の主張

(本訴)

一  請求原因

1 原告は、昭和六一年一月二八日被告らとの間で、別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件物件」という。)を原告が被告らから、次の約定で買い受ける旨の売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 売買代金 金六八〇〇万円

(二) 支払方法 a 手付金四〇〇万円を契約締結日に支払う。

b 残代金は、買主が金融機関から融資が受けられることが確定したときに、手付金の追加として金三〇〇万円を支払い、その余の残代金六一〇〇万円は、右融資が実行されたときに本件物件の引渡し及び所有権移転登記と引換えに支払う。

(三) 特約 売主がこの契約の条項に違反したときは、買主は契約を解除することができ、売主は、売買代金額の一割に相当する違約金を支払うとともに、受領済みの手付金を即時買主に返還する。

2 原告は、右契約締結日に被告らに対し、手付金として金二〇〇万円宛(合計四〇〇万円)を支払った。

3 原告は、昭和六一年三月一八日、被告らに到達した書面をもって、被告らに対し、資金手当ができたので同月二四日に残代金を支払う旨及びその日に本件物件の引渡し及び所有権移転登記の手続をされたい旨を通知した。

4 しかるに被告らは、その履行をしないばかりか、同年三月一九日付書面(同月二〇日到達)をもって違約金の請求をしてきた。原告は、再三にわたり、被告らに対し、本件契約を履行されたい旨及びそうでなければ本件契約の解除もやむを得ない旨連絡したが、被告らは応じない。

5 そこで原告は、被告らに対し同年五月一三日に到達した書面をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をした。

よって、原告は被告ら両名に対し、連帯して、支払済みの手付金四〇〇万円及び約定違約金六八〇万円の合計金一〇八〇万円並びに解除の日の翌日たる昭和六一年五月一四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。ただし、追加手付金三〇〇万円の支払期日は昭和六一年二月六日であり、手付金及び追加手付金を控除した残代金六一〇〇万円の最終弁済期日は、同年三月六日とする約であった。

2 同2、3の事実は認める。

3 同4の事実中、被告らが義務の履行をしないとの点及び原告が再三にわたり被告らに対し履行の請求をしたとの点は否認するが、その余は認める。

4 同5の事実は認めるが、この意思表示による解除の効果は争う。

三  抗弁

1 本件契約には次の約定があった。

(一) 原告は被告らに対し、昭和六一年二月六日までに売買代金の融資が受けられるかどうかを明確にし、不可能になったときは、契約を白紙還元することができる。

(二) 原告は被告らに対し、同年二月六日までに融資が確定するとともに追加手付金三〇〇万円(一人につき金一五〇万円宛)を支払う。

(三) 原告は被告らに対し、昭和六一年三月六日までに売買代金残金六一〇〇万円(一人につき金三〇五〇万円宛)を支払う。

(四) 当事者の一方がこの契約の条項に違反したときは、相手方はこの契約を解除することができ、売主の違約のときは、売主は買主に対し売買代金額の一割に相当する金六八〇万円の違約金を支払うとともに、受領済みの手付金を返還し、買主の違約のときは、売主は買主に対し、同額の違約金を請求することができ、受領済みの手付金をこれに充当することができる。

2 しかるに原告は、右の条項に違反して、被告らに対し昭和六一年二月六日までに金融機関からの融資が受けられるかどうかの通知をせず、さればといって契約を白紙還元するとの権利行使もせず、追加手付金の支払いもしない。したがって、原告が白紙還元を求めることのできる権利は消滅した。

3 被告らは、最終期限たる同年三月六日、東京法務局杉並出張所脇の新井司法書士事務所において、本件物件の登記及び引渡しに必要な一切の書類を取り揃え、これを原告に提供したが、原告は残代金六四〇〇万円の準備ができず、原告の責に帰すべき事由のみによって、売買の履行ができなかった。そこで、被告らは、直ちに口頭で原告に対し、本件契約を解除する旨の意思表示をし、損害賠償の予定額金六八〇万円のうち金四〇〇万円については受領済みの手付金四〇〇万円をもって充当し、残金は協議して定めるよう求めた。

4 その後、同年三月一七日付書面をもって原告から、契約の仕直しと本件契約に沿った履行の提供の申出があったが、被告らは、同年三月二〇日原告に到達の書面をもって、これを拒絶し、あらためて原告の債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、違約金の不足分二八〇万円を同月末日までに支払うよう求めた。

5 本件契約は、最終履行期限たる昭和六一年三月六日には、相互の債務を履行することが確約されたものであるから、本件契約は定期行為である。したがって、原告が履行を遅滞した以上、被告らは催告なしに契約を解除することができる。

仮に、そのようには解されないとしても、本件契約で合意された売買代金の一割に相当する違約金は、債務不履行の場合、契約関係を一切清算する趣旨の損害賠償の予定である。このような場合、催告・解除の手続をとるまでもなく、いきなり違約金の支払いを求めることができ、そうすることによって、契約関係も終了する。

このように、原告は、自らの債務につき履行遅滞に陥っていたことに加え、請求原因5の解除の意思表示がなされた当時、本件契約は、すでに原告の債務不履行により解除され、又は契約関係は終了していたのであるから、原告主張の違約金は発生の余地がなく、また手付金は、被告らが違約金の一部に充当したから、原告はその返還を求める権利も有しない。

四  抗弁に対する認否及び主張

1 抗弁1の事実中、(四)の特約があったことは認めるが、その余は争う。同(一)及び(二)の特約の趣旨は、買主が金融機関から融資を受けて残代金を支払うことを前提としたもので、もし融資が不可能となり、又は融資の実行が遅れたとしても、違約の責を負わないで契約を白紙還元し、原状回復できる権利を買主に与えたものである。したがって、二月六日という期限は、一応の目途としての意味しかなく、その後においても、原告には白紙還元を求める権利があったのであり、同(三)の特約の三月六日という期日も、残代金支払いの確定期限ではない。

2 同2の事実は否認する。特約の趣旨は右のとおりであるから、原告が白紙還元を求めることのできる権利は、二月六日以降も存続していた。この権利を被告らにおいて消滅させたいのであれば、原告に対し、この権利を行使するか否かを催告すべきであるのに、そのような催告もなされていない。

3 同3の事実は否認する。三月六日の段階においても、融資実行未定の状態が続いていたのであって、原告は、残代金の債務につき、履行遅滞に陥ってはいない。

4 同4の事実中、被告らが契約解除の意思表示をしたとの点は否認するが、その余は認める。

5 同5の事実は否認し、主張は争う。

(反訴)

一  請求原因

1 被告らは、昭和六一年一月二八日原告との間で、本訴請求原因1記載のとおりの本件契約を締結し(ただし、残代金の最終履行期限は同年三月六日とする約であった。)、同日原告は被告らに対し、それぞれ手付金内金二〇〇万円宛(合計四〇〇万円)支払ったが、右契約には、本訴抗弁1のような特約が付されていた。

2 しかるに原告は、本訴抗弁2のとおり、被告らに対し昭和六一年二月六日までに売買代金の融資が受けられるかどうかの通知をせず、さればといって契約を白紙還元するとの権利行使もせず、追加手付金の支払いもしなかったので、原告が白紙還元を求めることのできる権利は消滅した。

3 被告らは、本訴抗弁3のとおり、最終期限たる同年三月六日、東京法務局杉並出張所脇の新井司法書士事務所において、本件物件の登記及び引渡しに必要な一切の書類を取り揃え、これを原告に提供したが、原告は、残代金六四〇〇万円の準備ができず、結局原告の責に帰すべき事由のみによって、売買の履行ができなかった。そこで、被告らは、直ちに口頭で原告に対し、損害賠償の予定額金六八〇万円のうち金四〇〇万円については受領済みの手付金四〇〇万円をもって充当し、残金は協議して定めるよう求めた。

4 その後、本訴抗弁4のとおり、同年三月一七日付書面をもって原告から、契約の仕直しと本件契約に沿った履行の提供をしたいとの申出があったが、被告らは、同年三月二〇日原告に到達の書面をもって、これを拒絶し、あらためて原告の債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をするとともに、違約金の不足分二八〇万円を同月末日までに支払うよう求めた。

よって、被告らは原告に対し、違約金二八〇万円の半額たる金一四〇万円とこれに対する昭和六一年四月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を被告らそれぞれに対して支払うよう求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1 請求原因1の事実中、本訴抗弁1を引用する部分については、これに対する答弁と同一であり、その余は認める。

2 同2ないし4の事実に対する答弁は、本訴抗弁2ないし4に対する答弁と同一である。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  被告らが昭和六一年一月二八日原告に対し本件物件を代金六八〇万円で売り渡す旨の本件契約を締結したこと(本訴請求原因1)及び原告が同日被告らに対し、手付金として金二〇〇万円宛(合計四〇〇万円)を支払ったこと(同2)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで先ず、本件契約に付された特約について(抗弁1)検討するに、本件契約の契約証書である《証拠省略》には、次のとおり記載されていることが認められる。

[第五条] 買主は、第三条の期日までに売主が第三条及び第四条の手続一切を完了すると同時に、売主に残代金六一〇〇万円を支払わなければならない。

(なお、この条項にいう第三条の期日とは、昭和六一年三月六日であり、同条及び第四条の売主のなすべき手続とは、本件物件の引渡し及び負担を抹消したうえでの所有権移転登記並びに土地の境界を明確にすること等である。)

[第一四条]

① 第五条に示す残代金は、買主が金融機関(大東京信用組合)より融資を受け支払う為、万一融資不可能となった場合は、本契約を白紙還元とする。その際売主は受領済みの金員全額を即時買主に返還する。尚融資可否の決定を昭和六一年二月六日迄に明確にするものとする。

② 買主は本特約事項①に基く融資が確定すると同時に手付金の追加として金三〇〇万円を売主に支払う。

③ ④(省略)

[第一二条] 当事者の一方がこの契約の条項に違反したときは、相手方はこの契約を解除することができる。この場合、違約損害金として、買主の違約によるときは、売買代金額の一割に相当する金額を違約金として支払うこととし、支払済みの手付金をこれに充当できる。また売主の違約によるときは、売主は買主に対し売買代金額の一割に相当する金額を違約金として支払うとともに受領済みの手付金を即時買主に返還しなければならない。(なお、この条項の趣旨の特約があったことは当事者間に争いがない。)

そして、《証拠省略》によると、原告は、以前不動産売買の仲介をしてもらったことのある訴外門井不動産株式会社(以下「門井不動産」という。)に対し、アパート経営のできる物件を購入したい旨及び自己資金は七〇〇万円位しかないので、その余は借入金で賄いたい旨依頼していたところ、たまたま本件物件が売りに出ていたため、昭和六一年一月二八日本件契約調印の運びとなったのであるが、当時原告は、門井不動産(担当者・勝目泰正及び鈴木康司)から、金融機関として大東京信用組合を紹介され、同組合に対し、一週間位で目途をつけてほしい旨申入れ、同組合からは九分どおり融資できるとの内諾を得ていたこと、そこで、この融資金をもって残代金を支払うことを予定し、もし融資が不可能となったときでも、ペナルティなしで契約を白紙に戻すことができるようにし、ただし白紙に戻すか否かをいつまでも未定の状態にしておくこともできないので、二月六日までにこれを明確にする、との趣旨で、第一四条①②の特約条項が置かれたことが認められる。

原告は、右特約は、金融機関から融資を受けて残代金を支払うことを前提としたものであるから、もし融資が不可能となり、又は融資の実行が遅れ、昭和六一年二月六日を経過したとしても、原告が白紙還元を求め得る権利は留保され、このことは同年三月六日を経過したとしても同様であり、したがって、三月六日は残代金支払いの確定期限ではないと主張している。しかしながら、右契約書の文言と右認定の事実によれば、原告は被告らに対し、融資の可否を遅くとも同年二月六日までに明確にするとともに、同日までなら、当初の手付金の返還を受けて解約することができ、この解約権を行使しない場合には、融資確定と同時に追加手付金三〇〇万円を支払うべく、したがって遅くとも同年三月六日までには手付金合計七〇〇万円が支払われていることが予定され、三月六日に残代金六一〇〇万円の支払いをすることが合意されたものと解するほかはないのであって、右特約の趣旨を原告主張のように解することは困難である。

三  そこで次に、昭和六一年三月六日までの両当事者の準備状況について見るに、

1  《証拠省略》によると、もともと、別紙物件目録(一)の冒頭記載の土地は被告宮田の所有であり、その上に被告会社において同目録(二)記載の建物を建築し、これを被告ら共同で売りに出していたものであるが、本件契約締結後、被告宮田は、同年二月一三日付をもって、右土地のうち売買契約の対象となった北側部分を杉並区荻窪三丁目六九六番一七として分筆し、隣地との境界を明示した図面を作成し、印鑑登録証明書の下付を受けたこと、また、被告会社においては、右建物が未登記であったため、登記に必要な書類として、被告会社名義で受けた建築確認通知書、建築業者の建築工事完了引渡証明書、右業者と被告会社の印鑑登録証明書等を整えたほか、建築の電気配線図、シロアリ防除処理保証書及び水道竣工図等を整えて、これらを原告に引渡せるよう準備したことが認められる。

2  他方、《証拠省略》によると、原告は、門井不動産を通じ、また自らも、大東京信用組合に対し、融資の交渉を行ったが、同年二月六日までには、融資可否の回答が得られなかったこと、そこで門井不動産の鈴木康司が被告らに対し、若干の猶予を懇請し、被告らもやむなくこれを了承したこと、そして、門井不動産の勝目泰正は、同年二月一五日付で被告らに対し書簡を出して、融資手続が遅れたことの詫びと経過説明をしたうえ、「来る二月二六日迄に『可』の決定がない場合、金五〇万円を貴殿の御協力による謝礼金として御支払いし本件を白紙に致したいと存じます。」との申入れをし、同組合との間においては、種々折衝を重ねたこと、ところが、同年二月二二、三日ころには、同組合から門井不動産に対し、金五〇〇〇万円以上の融資は無理だ、との回答があったこと、しかしこの結論は、原告に対しては伏せられていた模様であって、原告としては、なおその後も融資の可能性に期待を抱いており、同年三月五日門井不動産において、はじめてその旨を知らされ、その際残金のうち金一〇〇〇万円については門井不動産が立て替えてもよいとの提案があり、原告も一応了承したものの、どのような条件で立て替えてもらうのかについては何ら具体的に煮詰めることもなく三月六日を迎えたこと、等の事実が認められ、この間原告が被告らに対し、前記特約上の解約権を行使したと認めるに足りる証拠はない。

四  そこで次に、同年三月六日の折衝について見るに、《証拠省略》によると、次のとおり認められる。

1  当日は、予め打ち合わせてあったとおり、午後一時ころ東京法務局杉並出張所脇の新井司法書士事務所において、売主側から被告会社の越智實及び被告宮田が、買主側から原告及び門井不動産の勝目泰正及び鈴木康司が落ち合った。

2  越智實及び被告宮田は、前記のとおり準備しておいた本件物件の登記及び引渡しに必要な書類を持参し、その席で原告にこれを提供した。

3  ところが原告としては、残代金(追加手付金の支払いもなされていなかったので金六四〇〇万円)の準備ができず、越智實及び被告宮田に対し、申し訳ないが金ができない、と述べ、これを受けて、勝目泰正が門井不動産振出の金一〇〇〇万円の小切手を示し、とりあえず、これを受け取ってくれないか、と申し入れた。これに対し越智實及び被告宮田は、右小切手の受領を拒絶するとともに、「それでは話が全然違うではないか。」、「契約不履行だ。」、「違約金については他の人の意見も聞いて後で結論を出しますよ。」などと、かなり強い言葉で申し渡した。

4  このようなやりとりがあって、当日は物別れとなった。

被告らは、このとき原告に対し、本件契約を解除する旨を表示したと主張し、被告会社代表者越智實は、右主張に沿う供述をしているが、反対趣旨の《証拠省略》に照らすと、はたして「解除」という明確な表現を用いて被告らの態度を表明したかについては疑問があり、これを肯認するに足りない。

しかし、いずれにしても、右の経緯によれば、原告が同年三月六日自己の責に帰すべき事由により履行遅滞に陥ったことは明らかである。

五  原告が同年三月一八日被告らに到達した書面をもって、被告らに対し、資金手当ができたので同月二四日に残代金を支払う旨及びその日に本件物件の引渡し及び所有権移転登記の手続をされたい旨を通知したこと(請求原因3)、これに対し、被告らは、同月一九日付書面(同月二〇日到達)をもって、原告に対し違約金の請求をしてきたこと(同4)、その後原告が被告らに対し、同年五月一三日に到達した書面をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をしたこと(同5)は、いずれも当事者間に争いがない。

しかしながら、原告は、自らの債務が履行遅滞となっていたにもかかわらず、右催告に当たり、又はその後においても残代金の提供を行ったと認めるに足りる証拠はなく、かえって、《証拠省略》によると、原告自身が資金の手当について具体的な準備をしていたかは、甚だ疑わしいところである。

六  被告らは、右の三月一九日付書面をもって、本件契約を解除したものであると主張する(抗弁4)。そこで検討するに、《証拠省略》によると、右の書面において、被告らは、原告から申し出のあった本件契約の実行にはもはや応ずることはできない旨を述べ、約定にかかる違約金として、売買代金の一割に相当する金六八〇万円から受領済みの金四〇〇万円を控除した金二八〇万円を同年三月三一日までに支払われたい旨の要求をしていることが明らかである。

ところで、本件契約には、「当事者の一方がこの契約の条項に違反したときは、相手方はこの契約を解除することができる。この場合、違約損害金として、買主の違約によるときは、売買代金額の一割に相当する金額を違約金として支払うこととし、支払済みの手付金をこれに充当できる。また売主の違約によるときは、売主は買主に対し売買代金額の一割に相当する金額を違約金として支払うとともに受領済みの手付金を即時買主に返還しなければならない。」との条項があったことは、前記のとおりであるが、契約書の中で右規定が置かれている位置及びその文言からすると、この違約金は、契約関係の一切を清算するための損害賠償の予定の趣旨であると認めるのが相当である。そして一般に、このような損害賠償の予定がなされている場合には、相手方に違約があったときは、特段の事情がない限り、予め契約解除の手続をとることなく、違約金を請求し又は差し入れられている手付金を違約金として自己に帰属させることができ、かつその旨を相手方に告知したときは、契約関係も当然に終了するものと解される。本件の場合、右の条項によると、違約金を請求するには、契約を解除することを要するように読めるが、違約金の趣旨が右のとおりのものであることに照らすならば、この解除を民法第五四一条所定の催告・解除の趣旨に解する必要はなく(相手方違約の場合に同条による解除ができることは、いわば当然の事理であって、あらためて規定する必要はない。)、違約金の請求をすることによって契約関係を終了・清算させる旨の表示がなされていれば足りるものと解するのが相当である。

右のような見地に立って、三月一九日付書面(同月二〇日到達)による意思表示を見るならば、被告らは、原告から申し出のあった本件契約の実行にはもはや応ずることはできない旨を述べ、約定にかかる違約金支払いの要求をしているのであるから、これによって契約関係を終了・清算させる旨の表示をしたものと認めるのが相当である。そして、以上認定の経緯によれば、この意思表示の効力を否定すべき何らの理由も存在しない。

七  以上示したとおりであって、原告は、三月六日自らの債務が履行遅滞となり、その後履行の提供をしたとは認められないから、履行遅滞の状態が継続していたところ、三月二〇日をもって契約を終了せしめられたのであるから、被告らに五月一三日到達した書面によってなされた原告からの本件契約解除の意思表示は、その効力を生ずるに由なく、原告の違約金及び手付金返還の請求は、理由がないことに帰する。

第二反訴について

一  株式会社たる被告会社と被告宮田が、昭和六一年一月二八日共同で原告との間で、本件物件を代金六八〇〇万円で売り渡す旨の本件契約を締結し、同日原告は被告らに対し、それぞれ手付金内金二〇〇万円宛(合計四〇〇万円)を支払ったことは、当事者間に争いがない。

二  本件契約に付されていた特約の内容とその趣旨、その後の両当事者の準備の状況と最終の履行期限たる同年三月六日における折衝の状況は、前段の二ないし四で示したとおりであって、原告は、同日自己の責に帰すべき事由により履行遅滞に陥ったものである。そして、本件契約に付された違約金特約の趣旨及び被告らがこの特約に基づく権利を行使し、原告に対し違約金二八〇万円を同年三月三一日までに支払うよう催告したことは、前段の六で示したとおりである。

ところで、本件契約は、被告両名が売主になっているが、前記のとおり、土地は被告宮田が所有し、建物は被告会社が建築したものであったところ、《証拠省略》によると、被告らの内部においては、代金は折半として取得する旨の合意がなされていたことが認められるから、売買代金の一割に相当する違約金六八〇万円から受領済みの金四〇〇万円を控除した違約金の残金二八〇万円の請求権は、その半額たる金一四〇万円宛が被告らそれぞれに帰属するものというべきである。

三  よって、被告らの反訴請求は理由がある。

第三結論

以上の認定判断によれば、原告の本訴請求は失当として棄却するが、被告らの反訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条の規定を、仮執行宣言について同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原健三郎)

<以下省略>

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